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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)821号 判決

控訴人 被告 佐保泉

訴訟代理人 三宮達磨

被控訴人 原告 赤嶺正彦

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

被控訴人は合式の呼出を受けながら昭和三二年六月一日午前一〇時の当審最初の口頭弁論期日に出頭しなかつたので、当裁判所は控訴人に弁論を命じた。控訴人は主文同旨の判決を求めた。(被控訴人は答弁書その他の準備書面を提出しない。)

事実及証拠の関係は、控訴人において、「被控訴人主張の債権譲渡通知のなされたことのみは認める。甲第一号証は浦松博美の強迫によつて作られた、事実に反するものである。控訴人は従来同人に対してはもちろん、被控訴人に対してもなんらの債務を負担せず、かつ、新たに債務を負担する意思表示をしたこともない。かりに右甲第一号証によつて浦松博美に対し債務を負担したものとすれば、それは同人の強迫に基くものであるから、本訴訟においてこれを取り消す。」と陳述し、当審証人佐保ナミコ、鞭馬満男、佐保進、日坂十一の各証言及び、原審並びに当審控訴本人の尋問の結果を援用した以外は、原判決に示す通りであるから引用する。(もつとも、原判決二枚目裏五行に「甲第一号証乃至第四号証」とあるのは、「甲第一号証ないし第三号証」の誤記と認められるので訂正する。)

理由

成立に争のない甲第一号証の記載によると、被控訴人の請求が一見正当であるように見えるけれども、すでに、被控訴人がその者から本訴債権を譲り受けたと主張し、かつ、尋問を申し出た原審証人浦松博美の証言に徴するも、同人と控訴人間に被控訴人の主張するような、すなわち甲第一号証記載の金銭の消費貸借は、現実にはなされたことのないことが認定されるのである。もつとも、消費貸借に基いて、貸与した金銭の返還を請求する訴訟においては、当事者が準消費貸借によつては請求しない旨特に表明しないかぎり、金銭の現実の消費貸借(狭義の消費貸借をいう)が認められない場合でも、裁判所はいわゆる準消費貸借の成否を判断し、その成立を認めて請求認容の判決をなしても、民事訴訟法第一八六条に違背することはないので、以下この点を考慮の上考察することとしよう。まず、第一審における訴訟の経過からして、(当審においては、被控訴人に対する送達はすべて公示送達によつてなされているのでしばらく考慮の外におく。)被控訴人としては、本訴貸借の証拠たるべき証書である甲第一号証は、どんな経緯で作成されるに至つたかということ、換言すれば、本訴の貸金というのは、いかなる権利関係に礎定するものを消費貸借に改めたものであるかというような点について、主張するのが当然であるのに、これを主張せず、また明らかに立証もしない被控訴人の原審における態度その他その弁論の全趣旨と、原審並びに当審における証人佐保進の証言、同控訴本人の供述とを合わせ考えると、控訴人は甲第一号証の作成された時まで、浦松博美または被控訴人に対し従来なんらの債務を負担したことがなく、同号証により表示される法律行為及びその礎定たるべき権利関係存在せず同号証は浦松博美の強要により作成された事実に反する書面であることが認められる。この認定に反する前示浦松博美の証言は、右の証拠と対比して信用するわけにいかないし、その外に反対の証拠はない。

そうすると、浦松博美は控訴人に対して、被控訴人主張の債権を有したことがないのであるから、たとえ、被控訴人が浦松博美から主張の債権を譲り受けたにしても、控訴人において被控訴人に対しこれが支払をなすべき義務のないのは当然である。

よつて被控訴人の請求を棄却すべく、該請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三八六条に従いこれを取り消し、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長判事 鹿島重夫 判事 二階信一 判事 秦亘)

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